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「手伝う」という表現からの学び

対話型コミュニケーター&

コーチ養成講座を実施していたときのことです。

 

私のかつての悩みをお示しして、

どの言葉を、コーチとして聴きたいか?

という練習を行なっていました。

 

 

その受講生が気になった言葉は、

 

「私が晩御飯を作るのを手伝っている」

 

と書いた言葉です。

 

 

私が何気なく書いた

 

”手伝っている”っていうのは?

 

と聴かれました。

 

 

ハッとしました。

ドキッとしました。

 

 

手伝うという表現には、

主従関係があるということ。

 

主体はあなたであり、

私はあくまでも副次的に

行なっている。

 

 

私は、晩御飯を週のうちに

何回も作りますが、

その意識には、

本来 パートナーが作るものが、

潜んでいたのです。

 

 

手伝うではなく、

一緒に作る。

このときは、両者が主体。

 

あるいは疲れたパートナーは休んでいて

私が主体として、作る。

 

 

仕事でも、家庭でも、

手伝うと、一緒にやるは違う。

 

お礼の「ありがとう」をいうときも

手伝ってくれてありがとう、と

一緒にやってくれてありがとう、とは

違うんだ。

 

 

読者の皆さんは、すでにご存知のことかもしれません。

 

私には新しい気づきがあった出来事でした。